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飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト
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子どもの頃、こんな蒸しパンが卓袱台の上に置かれ、折り畳み式の蝿帳が被せられているのを目にすると、学校から帰ってランドセルを背負ったまま、小躍りしたほどぼくは大喜びでした。
蒸しパンの中でも、こんな色をした黒糖味の蒸しパンにゃあ目が無かったものです。
それから半世紀以上が過ぎた頃だったでしょうか?

コンビニかスーパーで、こんな大きな黒糖蒸しパンを見かけ、ついつい衝動買いをして、子どもの頃の味を堪能したことがありました。
何故、それほど恋しい味だったのやら?

気になって調べると、蒸しパンの類は、母の出身地鹿児島や宮崎辺りでは、「ふくれ菓子」と呼ばれる郷土のお菓子だったとかで、それを想い出してお母ちゃんが黒糖味の蒸しパンを作っていたんでしょうか?
後に山崎パンから昭和62(1987)年に発売され、超ロングセラーになったと言われる「黒糖フークレエ」は、時代も異なっていて、とてもそれが子どもの頃のわが家の卓袱台に上がったとは考えられません。

やっぱりお母ちゃんが、大きなアルマイトの蒸し器で、蒸しパンをせっせと作ってくれたんでしょうねぇ。
大人になってぼくが思わず懐かしさのあまり手にしたのが、山崎パンの「黒糖フークレエ」だったのかも?
あ~あ、また無性に食べたくなって来ちゃったぁ!
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子供の頃・・
ロバぱんの蒸しパン食べてたけど
中に入っている具材とまわりを食べて
後は食べなかった。
贅沢な食べ方をして、今、思うと反省 ❢
大人になった、いま
安心してください。
ちゃんと食べてますよぉ♬
蒸しパンは仄かな甘みがして、それだけで十分、昭和のあの日にたちまち帰れるような、そんな記憶装置を作動させてくれるような、食べるスイッチのようにぼくには感じられてなりません。
蒸しパンは何故だかよく作りました。
小学生の頃 お土産の黒糖が初黒糖です。美味しかったので少しずつ食べました。そういえば駄菓子屋さんで黒糖のふ菓子や黒糖の斜めになった形のお菓子がありました。黒糖味のういろもありました。最近は食べていないので懐かしいです。
黒糖ってあの独特な濃い味わいが好きですねぇ。
ぼくも黒糖の麩菓子や、菱形のような形の黒ん坊を良く食べましたねぇ。
シンプルな蒸しパンも好きだけど やっぱり黒糖の蒸しパンのほうが好きですね〜。
お母さんも昔から黒糖の蒸しパンが好きだったので その影響かも⁈
うちにも よく置いてありました。
面会の時にも 黒糖の蒸しパンや かるかんを持って行くと 「懐かしい」と言って 美味しそうに食べてくれます( ◠‿◠ )
お母様にとって、黒糖の蒸しパンは、故郷の味なんじゃないでしょうか?
蒸しパンではないけれど、実家の母の朝食&おやつ用に黒糖ロ─ルパン(中にマ─ガリン入り)を買って行きます
黒糖は風味豊かで、心安らぐ気がします。
ホッとするとでも言いましょうか?