
「KIRIN BEER PRESENT’S オカダミノル ほろ酔い Live 2025~秋涼の候 in C♭」のお知らせは、5月8日のブログをご覧願います!『皆様のご来場、心よりお待ち申し上げます!』
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今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

これが果たして何なのか?瞬時にわかって、口中に唾液が沸き上がって来た方は、立派に昭和半ばを生き抜かれた方に違いありません!

そうです!チューブ入りの練り歯磨き粉でも、絵具でもありません!
立派なチューブ入りのソフトチョコレートです!

それこそ滅多やたらに買ってはもらえなかったものの、2~3度ぼくにもお母ちゃんが買ってくれたものでした。
最初の内は威勢よく、ソフトチョコが口の中へ押し出されてくるものの、最後の方になるとチューブがクシャクシャに押しつぶされ、どんなに力を入れてチューブを押さえても、チョコレートは一向に出て来なくなったものです。

ぼくらは工作ハサミでチューブを切り裂き、チューブに辛うじて残っていたチョコも、奇麗に舐めて平らげたものでした。
今この歳になってソフトチョコの歴史を調べてみると、何と何と最初にこの世にソフトチョコなるものが登場したのは、日華事変のもっと前、昭和7年の発売だったとか!
その後は、たびたび生産中止になりながらも復活すると言う、大変生命力のある商品であったと、森永さんのHPにありました。
戦時中はもちろん販売中止。
しかし敗戦間もない昭和22年、菓子や食品の原料は厳しい統制下にあったものの、統制外原料を使って再びソフトチョコレートが出回るようになったとか。

いつか機会があって駄菓子屋を訪ねることがあれば、もう一度あの時の味を口にしてみたいものです!
イッチョー大人買いでもしてみるかぁ!
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今でもあるのかなぁ?チクロ入りで販売中止になったと思ってました。(笑)是非、太チュ─ブに挑戦!(お菓子作り用にはありそう!)
何だかとっても懐かしくって、もう一度味わってみたい気がしてなりません。
フルヤ製菓がなどがそういうのを販売してたように思います。
フルタ製菓も色々ありましたよねぇ。
いずれも懐かしい想い出ですが、商品の面影がちっとも蘇りません!
残念!
今日は朝から、凄い雨
チョコチューブ♫
これも、また、懐かしや~ぁ⤴
子供の頃・・
ペロペロと行儀が悪いもんだから
唇の周りをチョコレート色に
よくフチどったもんでした。
ぼくの友人は、歯ブラシにソフトチョコレートを歯磨き粉代わりにして、遊びながら食べていた子もいたものです。
このチョコは お初ですね〜。
子供の頃 おやつにチョコレートを食べた事があまりなかった気がします。せいぜい遠足の時ぐらいでしたね。
そもそも おやつを食べる…という習慣があまりなかったかもです。
小学校から帰宅して 友達と遊んだり 宿題を済ませた後に 夕飯を作らなきゃいけなかったので。それに 帰宅して誰もいない部屋におやつを準備してある事もなかったですからね。
自分の子供におやつを…という時から 『おやつ』という言葉や意味や習慣が自分の中に芽生えたのかも知れません。
そうでしたかぁ!
夢ちゃんの世代では、もう無かったのかも知れませんですねぇ。
懐かしいですね。
なんだか金属の味まで思い出してしまいます。
パイプの形のも その後出てきました。
懐かしいです。
確かに、鉛の味も感じた気がします。